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このブログは、コーギーもも(2004.12.4~2012.4.2、7歳4ヶ月1日)の闘病記録です。同じ病気で苦しむ犬とその飼い主さんに、何か参考になれば幸いです。

2013年3月9日土曜日

自宅で家族に見守られて逝くということ

今日、午後1時ころ、リンパ腫で闘病中だったここあちゃんが旅立ちました。

抗がん剤(CCNU)の副作用からも解放され、ようやく少しずつ食べ始めたころの旅立ちでした。
(本日の午前9時には、私へのコメント返しを普通に書いてくださっていて、文字通りの急変だったようです)

この日、飼い主のWATASHIさんも家にいて、ここあちゃんの最後を見守ることができました。
ここあちゃん、何度かの危機を乗り越えて、11歳のお誕生日も、ママのお誕生日も、おひなまつりも迎えてから旅立ちました。
とてもとても親孝行なお嬢さんでした。


働いている飼い主にとって、自分がみていないときに、犬が逝ってしまうのではないか、という思いはもう恐怖に近い感覚で、常に存在しています。
けれど、十全な愛情を注がれてきた犬たちは、必ず、申し合わせたように飼い主が在宅しているときを見計らって旅立っていきます。

不思議だけれど、やはり、犬たちは自分で旅立ちのときを決めているんでしょうね。
そして、飼い主としては、つらいけれど、愛犬の最後に立ち会えるというのは無上の幸せなのではないでしょうか。

ここあちゃんにWATASHIさん・息子さんがどれほどの愛情を注いだかは、私の拙い文章で書くよりも、どうぞここあちゃんのブログをお読みください。


ここあちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。





ももと遊んでくださいね~<ここあちゃん。
かなりうざいけど(^_^;)

2 件のコメント:

  1. 辛いです。どの様なカタチであっても送るのは。
    だけどこぎママさんが仰る様、傍で見送れると
    いう事は飼い主に取っては最期を一緒に過ごせる事
    なんですね。
    前にこんな内容を何処かで読みました。
    闘病中いつも一緒に居て。常に傍を離れなかったのに
    亡くなる時だけ、ほんの少し傍に居なかったっていう人。

    それ読んでて、胸が抉られそうになりました。
    その人は、取り乱すだろう自分を気遣って自分が居ない時を
    選んで逝ったんだろう、って。

    そう思うしか心の相殺が出来ない。。。

    私も犬は「その時」を選ぶ気がするのですが、この
    死に目にあえなかった人の場合もそうなのかな?と。

    いつもの匿名3でしたっけ?か4です。
    こぎママさん記憶力良い~、自分、3か4かすら
    忘れてる(・・;)

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    1. そうです。つらいけど、犬が最後に望むことだと思うんですよ、飼い主に見守られて旅立つっていうことは。
      一瞬目を離した隙に逝ってしまう、というのも、犬の思いやりではないかな?あんまり嘆くから、最後の最後は見せないでおこう、という最後の優しさ。
      心の相殺でなく、本当に犬たちは選んでいると思われます。

      だから、「死に目にあえなかった人の場合もそうなのかな?」という疑問の答えはyesです。私はそう思ってます。

      匿名、、、ややこしいですね~。あれだけ匿名が続くと混乱しますよね(笑)

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